東方ノ欠片:霊夢
全ては在るがままに。
……などと、そんな大層な信念を持っているわけでもない。
生きるためにしなければならない事でなければ無理にしようとも思わないし、だいたい、そんな事はこの幻想郷では些細なことだ。
特に此処、博麗神社は幻想郷と人間界の境にある。
境であるという事は、即ち中庸であり、端であり――つまるところ、外れているという事だ。
当然、人も来なければ妖怪も来ない。滅多には。
何しろ此処は曖昧だ。
人の法と妖怪の則。或いは、人間の憲と妖怪の規。
そのどちらもが通用し、通用しない。
それは曖昧だからであって、管理者がいい加減だからではない。たぶん。
まぁ、つまるところ。
何事であろうとも、したければするし、したくなければしない。
何か起こっても、関わりたければ関わるし、関わりたくなければ関わらない。
過干渉でも不干渉でもなく。
在るがままに、思うが侭に。
そんな在り方で良いのだ。
それで問題ないと思っている。
少なくとも、割と最近までそう思っていた。
それが変わったのは何時の頃だったろうか。
確か、ここにたくさんの人間や妖怪がやってくるようになったからだと思う。
こんな僻地に。
それが何時からだったか、はっきりとは憶えていない。
幻想郷では年齢など意味を持たないので、数えてもいない。
月日の移り変わりなど、肌で感じる以上の意味を持たないからだ。
全ては流れゆくものだ。
記録するのは他の誰かに任せておけばよい。
そう、思う。
誰か記録している物好きな奴がいても、決して聞きはしないけど。
そんな事を。
昇る朝日を見ながら、淹れたてのお茶を飲みながら、ぼんやりと思う。
幻想郷の空は不思議な色をしている。
綺麗でもなく、美しくもなく、かといって特別気に障るものでもなく。
ぼんやりとして、ゆらゆらと揺らめいている。
目の前の境内は、落ち葉も掃かれ綺麗になっている。
ついさっき、自分が掃除したからだ。
誰が来るでも無いけれど。
誰かが来るかもしれないから。
丁寧に出迎える気も無いが、さりとてわざわざ汚いところを見せる必要も無いだろう。
もとより、こんな小さな神社にやってくるような者など、たかが知れているのだから。
ゆっくりと、ゆっくりと。
変わりゆく空を眺める。
最近この場所はいつも賑やかだ。
人も妖も。
ふらふらとやってきては、ふらふらと去っていく。
それは、今までと変わらない。
変わったのは頻度だけだ。
もとより、生き急ぐ気など無い。
人は定められた時間を生きるものであり、霊夢もそこから抜け出す事はできないのだが。
いや、抜け出す事はできるのかもしれない。
やってみたいとも思わないし、やってみようとも思わないだけだ。
そのうち思うかもしれないが、それならば白玉楼にいる妖怪にでも頼んだほうが確実だろう。
無限の生と無限の死、美味しいお茶が飲めるのならどちらでも大して変わらない。
空は変わりゆく。
変わることに意味など無い。
それはただそこに在って、変わりゆくだけだ。
とりあえず、誰か来るまで一眠りしよう。
そう考えて、霊夢は一つ伸びをすると、湯飲みを持って縁側から立ち去った。