自作のSS墓場に埋もれていたスグリのSSを発掘。せっかくなので晒して供養しておく。でも間違いなく需要皆無。間違いない。というかこれ書いたの3年前か……もう結構経ってるな……ゲームは結局Hardクリアできずに終わりました。
 余裕の未完成どころかまだゲームが始まってすらいねぇ。でも普通に20k弱。とりあえず一応切りの良いシーンまで。








 descent point:somewhere in time.



 窓の外には、青い星。どこまでもどこまでも真っ暗なこの宇宙の中、太陽の光を受けて美しく輝く。今までずっと求め続けてきた、水の星。惑星13728。この長い長い旅が始まってから見つけた惑星の、その13728個目。色々な星があった。でも、こんなにきれいな星は初めてだ。――ホロで見た私たちの故郷の星の、その昔の姿以外には。
 どきどきする。わくわくする。心臓がどくんどくんいっている。体がどうにもならなくなって、心がとてもざわめいて。だから、サキはどうにもこうにも抑えの効かなくなった体の制御を手放し、その心の赴くままに叫んだ。

「わーーーーーーーーーーーっ!!!!」

 隣でぽかんと口を開け、サキと同じように目の前の星を見つめていたカエが驚いた猫の反応で飛び離れた。背筋を逆立て、こちらを見る。いきなりなんだ。驚かせるな。事と次第によっちゃただじゃおかないぞ、とその目が言っている。カエはゆっくりと四つん這いに近い前傾姿勢を取る。獲物を狙う野生の、その体勢。ふしゃー! と声を上げて威嚇。
 びくり、とサキは後ずさる。
 その様子に、こいつは狩れる! と確信したのか、カエはゆっくりと間合いを詰めてくる。その表情は獰猛な肉食獣の笑み、その目は冷徹な狩人の目だ。"それ"は決して勝負を焦らない。時間はかけてもいい。だかしかし確実に。大事なのは獲物を逃がさない事。そう、その目が語っている。
 困った、とサキは思う。頭を抱えでもしたい所だが、そんな事をしている余裕はない。迂闊な隙を見せれば、カエは容赦なく襲いかかってくるだろう。
 ただ単に、何となく叫んだと言っても納得してくれそうにない。カエは怒らせると怖いのだ。体中の至る所に噛み付かれ、お風呂にはいるのが拷問のようだったのはそう昔の話ではない。どうにかして納得してもらわなければならない。でなければ、あの悪夢の再現だ。
 などと考えている間にも、カエはじりじりとすり足で間合いを詰めてくる。飛びかかってくるのも時間の問題だろう。
 どうにかしなければ、あの時の感覚を伝えねば。サキは焦る。だがしかし、どうにもこうにも言葉にならない。もともとが言葉に出来ない感情、その発露である。焦ってもどうすることも出来ない。だからサキは意味もなく手足をじたばたとさせ、首をもの凄い勢いでぶんぶんと振り、その反動でくるくると独楽のように回る。
 そんなサキの姿に、カエは目をぱちくりとさせた。襲いかかる機を逸して、首を傾げながら"何をやっているんだこいつは?"と思う。もともとカエの心は猫のように移り気である。一瞬で怒りより好奇心が勝り、次の瞬間にはあっさりと怒りを忘れる。
 だがサキはそんなカエの様子に気づかない。どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう。それだけが心を占めている。だからただひたすらに手を振り頭を振り体をぐるぐると回す。そのまま宙を漂い――
「あうっ!?」
 壁に激突。1G下ではたいした問題にもならないが、ここは船の最外周、低重力地帯である。サキは激突の反動で跳ね飛ばされた。次いで逆側の壁にぶつかり、さらに跳ね飛ぶ。そのままの勢いで天井にぶつかり、床に弾き返される。
「わ、わ、わ?」
 その速度を――勢いを減じないまま、まるでピンボールのように跳ね続ける。あっちにぶつかり、こっちにぶつかり。サキにとってこの程度の衝撃は全然全く大したことはないが、回転しすぎで頭がふらふらする。三半規管がぐらぐらする。視界が回って気持ちが悪い。こりゃまずい、と気づいたが時既に遅し。もうどうやっても、自分では止めようにも止められない。
「まぁう〜〜〜っ!?」
 焦り、サキは叫ぶ。ぐるぐるぐるぐると、その回転軸を変化させながら独楽のように回る。
 と、その動きが、ぴたりと止まった。
「ま、まぅ?」
「あははははっ。サキ、何やってるの?」
 気づけばサキはカエに抱き留められていた。赤色の髪、くりっとした大きな目が目の前にある。そのままぎゅー、と抱きつかれる。顔と顔、目と目の距離が異様なほど近い。カエの猫のような瞳で、至近距離から見つめられる。サキは慌てた。なぜだか顔が赤くなる。きっと恥ずかしいところを見られたせいだろう。
「わわわわわわ!? ちょ、ちょっとカエちゃん!?」
「ね、何やってたの?」
 ただでさえ近い顔をさらに近づけて、食い入るようにカエが聞いてくる。どうしようもなく恥ずかしくなって、目をそらす。カエは逃がさんとばかりに両手でサキの顔を押さえつけ、正面をキープする。もともと腕力――単純な力ではカエがサキを圧倒的に上回る。そういう風に造られ、調整されている。
「え、えと、えと」
「えと? えとって? 食べれる? 面白い?」
「そ、そうじゃなくって」
「ん? じゃー、何?」
「わ、わーって感じ?」
 とりあえず、言ってみた。
「わー?」
 疑問符を頭に浮かべるカエ。すぐに気づいて、
「あ、さっきの」
「う、うん」
 サキは頷く。ぶんぶんと、首を縦に振る。
 カエは不思議そうに首を傾げる。
「よくわかんないけど、わーーーーーっ!! って感じ?」
「いやもっと、わーーーーーーーーっ!!!! って感じ」
「わーーーーーーーーーーっ!!!!! って感じ?」
「そうそう」
 耳元で叫ばれると、だいぶうるさい。きっとカエも同じだろう。耳が痛くなる。
 でも、楽しい。何故か。サキはそう思う。

「わーーーーーーーーっ!!!!」
「わーーーーーーーーっ!!!!」
 と二人で叫んでいたら、
「ああもう五月蠅いなぁ……って、何やってんの二人とも」
 と、騒がしさに呆れた表情のイルがやってきた。
「わー?」
「わー!!」
「いやだからわーってなに、ってやっぱいい聞かなくても何となく分かっただから叫ぶのはやめてお願い」
「えー」
「えーじゃないの」
「ちぇー」
「ちぇーでもないの」
「イルのわがままー」
「わがままだー!」
「わがままだよねー」
「ねー」
「……何言ってるの二人とも」
 イルがそんな二人に呆れたようにため息をついていると、
「やれやれ、いつもながら騒がしいわねぇ」
「元気でいいんじゃないかしら?」
 などと言いながら、ナナコとキョウコも遅れてやってきた。
 こうして全員集まるのは珍しい。サキは嬉しくなる。船内は結構――というかかなり広い上に、みんなそれぞれお仕事があるので、なかなか集まる時間がとれないのだ。ん……お仕事?
 何かを忘れているような顔をして首を傾げるサキに、イルが冷たい声で、
「サキ。今日の掃除当番は誰だったかな?」
「ま、まぅ?」
 ええと、とサキは思い出す。昨日がキョウコさんで、一昨日が――ええと、部屋が散らかってたからカエちゃんで、その前がナナコちゃんで――。などと考えるまでもなく、サキには分かっていた。要するに単なる現実逃避である。
 イルが言う。
「誰かさんが掃除当番を忘れてたから、私が今日は掃除してあげたんだけどなー」
「あ、あははははは」
「誰かなー? 本来の掃除当番は誰かなー?」
「ご……」
「ご?」
「ごめんなさい」
「うむ。よろしい。夕ご飯のおかず一品ね」
「そ、そんなぁ〜」
 泣きそうになるサキ。イルはにやりと笑って、
「世の中は厳しいんだよ、サキ」
 がっくりとうなだれるサキ。儲けた、とばかりの爽やかな笑顔のイル。肩をすくめるナナコに、イマイチ状況の掴めていない様子で首を傾げるカエ。そんな皆の様子を微笑みながら見つめるキョウコ。
 穏やかな、優しい時間。

『――騒がしいな』

 その声に、全員が動きを止めた。声のした方――といってもそちらにあるのはただのスピーカーでしかないが――を見る。
「シフ?」
 と少し固い声でキョウコが言う。
『他に誰がいる?』
 返答は素っ気ない。スピーカー越しでシフの姿は見えないけれども、その声に苛立ちが含まれているのが伝わってきた。。
 怖い、とサキは思う。シフは怖い。あの目が怖い、あの声が怖い。あの笑顔が怖い。威圧感があるのではない。力があるわけでもない。ただ単純に、怖い。生理的――いや、本能的と言ってもいい。そんな恐怖。そこにあるのは畏れだ。身体の中、心の中心部のさらに内側、タマシイの奥底に刻み込まれた畏怖がサキを縛っている。
『まぁいい。用件は一つだ。あの星に誰か行ってもらう』
「……何故?」
 キョウコの声には不審の色が濃い。シフは気にした様子も無く、
『偵察――いや、調査だ。無人機の結果を見たが、もう少しデータが欲しい。無人機だけではなく、お前らにも行ってデータを取ってきてもらうつもりだ。さて、誰に行かせるかだが……』
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
 皆、シフの言葉を無言で待っている。怖い。恐い。居心地が悪い。心臓が早鐘を打つ。呼吸が僅かに浅く、早くなる。体の奥、お腹の底の方がずきずきする。どきどきする、とサキは思う。そのどきどきは、あの青い星を見た時とは全く違う物だ。
 ちらりと隣を見れば、あれほど騒がしかったカエも、いつもマイペースなイルも黙りこくっている。私だけじゃないんだな、そんなことを思う。
『――サキ、行ってこい』
「は、はい」
 いきなり自分の名前が呼ばれ、驚いた。少しどもりながら、反射的に答える。
『調査項目はリスト化して送る。プローブを20連れて行け。
 ――それ以外の詳細は出撃前に伝える。出撃は20分後だ。準備しておけ』
「はい」
 少しだけ、キョウコが眉を顰めた。
『以上だ』
 ブツ、と放送の切れる音がすると同時に、サキはへたり込んだ。
 頭が混乱していて、良く分からない。行く? 私が? あの星へ? 偵察? 調査? 任務?
 そう。――任務だ。久しぶりの任務だ。しかも大きく、とても重要な。そう考えて、腰が砕けてしまう。不安なのだ。
「だいじょうぶ、サキ?」
「あ、うん」
 キョウコの声に、サキは答える。
「落ち着いて。ほら、深呼吸して」
 心を落ち着かせるように、二、三度深呼吸。キョウコに手を取られ、ゆっくりと立ち上がる。
 そんなサキに、キョウコは何気なく言う。
「寒いみたいよ」
「……へ?」
「あの星、寒いみたいよ」
「そうなの?」
「そうみたい。だから、風邪を引かないようにコートを着て行きなさい」
 良く分からないまま、うん、とサキは頷く。そのサキに、
「サキ、おみやげよろしくね!」
「間違ってもその辺の石とか、変な虫とか連れてこないでよね」
「できれば食べれるものがいいなー」
「みんな……」
 コートを持って行けといったキョウコさん。心配してくれているのが分かる。
 ただただ嬉しそうなカエちゃん。見てるだけで元気がわいてくる。
 憎まれ口を叩くナナコちゃん。けれどその目が笑っているのが分かる。
 脳天気なイルちゃん。いつも通りですごく安心する。
 みんな、私を励ましてくれている。
 だからサキは、
「わかったよ!」
 と笑顔で頷く。まだ見ぬ星への期待に目を輝かせて。皆の――家族の笑顔に、信頼に応えるために。

 一筋の流星が行く。
 二十と一機は、一塊の流れ星となって、その星へと墜ちていった。










 Chapter:01 [ ANXIOUS FOR RETURN / GAMELY FIGHT / TENDER HEARTS ]










 轟音が天を揺るがした。あちこちから鳥の飛び立つ音。木々の隙間から空を仰ぎ見れば、そこには幾つもの影。太陽の光が目を刺し、スグリは僅かに目を細める。
 雨ではない。雪でもない。ましてや、雷でもない。
 鳥か? いや、――鳥ではない。
 影は球形に近い。スグリの目がそれを捉える。僅かに光る箇所――噴射炎だ。減速、そして方向転換。明らかに、意志を持って動いている。
 この星にあんな物はない。あんな物を作っている余裕はない。それは、この一万年かけて地球を治してきた自分が一番よく知っている。では、この星の物ではない?



 ――ならば、アレは何処から来た?



 考え、気付く。
 あれは空からやってきた。
 空から。この星の何処かか? そうではない。
 ならば、答えはただ一つしか残されていない。
 宇宙からだ。
 あれは宇宙からやってきたのだ。

スグリ……」
 繋いだ手が、ぎゅっと握られる。掌の中には、暖かい、小さな手。モミジの手だ。震えるその手を、しっかりと握り返す。
「あれは……なに?」
「……わからない」
 モミジの声は、不安に震えている。
 当然の事だろう。この地球に住まう人たちの文明レベルは、一時期よりも極端に落ちている。自然と共存可能な、ぎりぎりのレベル。外宇宙船など、昔話程度――おとぎばなしの世界にしか存在しない。故に、怯える。かつてはその手にしていた技術も、今はただの見知らぬものでしかない。
 いや――そうではないのか。震えるモミジを見て、スグリは思う。これは単純に、知らない物に対して怯えているのだろう。
「わたし……怖い」
 だから、スグリは言った。
「大丈夫」
「え?」
 モミジがスグリの方を見る。その目をしっかりと見つめ返し、安心させるように微笑みながら、スグリは言った。
「大丈夫。心配しなくてもいいよ」
「……そうなの?」
「うん。きっと大したことじゃないよ。でも、モミジは怖いんだよね?」
 訊かれ、モミジは頷きで返す。
「モミジだけじゃなくて、タチバナの村の人たちも、他の村の人たちも、不安に思っていると思う」
「みんな?」
「うん。みんな。モミジのお父さんもお母さんも、サクラも」
「おとうさんも、おかあさんも、サクラも」
 そう、とスグリは頷いた。
「だから、」スグリは繋いでいた手を放す。しゃがみ込んで、モミジと目線の高さを合わせ、
「私がちょっと行って、見てこようと思うんだ」
スグリが?」
「うん。だから、モミジは村の人たちに伝えて欲しい。『私がちょっと見に行ってくるから、心配しないで』って。できるかな?」
 モミジは黙り込んでいた。
 けれど、スグリの目を見返し、
「うん。できるよ」
 その目には涙がにじんでいた。その体はまだ震えている。不安なのだろう。怖いのだろう。けれど、その目には勇気と決意の色が見える。だから、大丈夫だ。
 こうして子供は成長していく。そうして気付けば、いつの間にか大人になっている。ヒトの成長する速度は速い。スグリが驚くほどに。ずっと子どもだと思っていたモミジだって、少しずつ、驚くべき速さで大人に近づいていっている。そんなことをこの非常時に感じ、スグリは苦笑する。
「じゃぁ、お願いするね。……一人で迷わずに帰れるかな?」
「うん。へいき」
「そう。よかった」
 スグリは微笑む。
 そんなスグリに向かって、モミジは右手を差し出し、
「やくそく、して」
「約束?」
「うん。……ちゃんと帰ってくるって」
「……わかったよ。約束する。私はちゃんと、帰ってくるよ」
「やくそく、ちゃんと守れる?」
 それはモミジの母の台詞だ。彼女はモミジと"約束"をするときにいつもこう言うのだ。そしてそれは彼女の母――モミジの祖母――の口癖でもあった。スグリはそれを知っている。人から人へ伝えられていく物。繋がっていると言うこと。それは小さくて、目立たなくて、ほんの僅かな、奇跡のような素晴らしい物であることを、スグリは知っている。
 だから、スグリは言う。
「守るよ。私が約束を破ったこと、あった?」
 ふるふる、とモミジは首を振る。
 スグリはモミジの手を取り、小指と小指を絡ませた。
「約束だ」
「うん。やくそく、だよ」



 ――指切りげんまん、嘘付いたら針千本、飲ます――



『……指切った』
 モミジはスグリに背を向け、村の方へと走り出した。振り返らず、その小さな身体で、一生懸命に。
「頼んだよ」
 聞こえるか聞こえないかの声で、そう言う。いや、モミジにはきっと聞こえなかっただろう。スグリならば聞こえたかもしれない声は、あまりにも小さくて、きっと今のモミジには聞き取る事は出来なかっただろう。木の根や小石、あちこちに躓いて転びそうになりながらも必死で走っている、モミジには。それでも構わない、それで良いとスグリは思う。
 遠ざかるモミジの背を見送り、スグリは上空へと視界を移す。
 影は一カ所に固まっていて――次の瞬間、あちこちへ散らばっていく。
 どこへ行くのか。
 分からないが、安全が確認されるまでは村の方へ行かせるわけには行かない。タチバナの村の方へも、オオツキの村の方へも、どこへも。
 スグリは身を屈める。膝を曲げ、背を軽く丸める。視線は上へ。力を抜いて、軽く、跳ぶ。
 跳躍。宙に浮いた体が再び重力にとらわれる、その一瞬前。その体は、重力の軛を振り切って空へと舞い上がった。
 跳躍から飛行へ、そして飛翔へ。爆発的な加速力を以て、スグリは飛び出した。
 風を裂き、空気の層を貫き、疾風を身に纏い、
 征く。




 (未完)